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2006/10/13

フレンチなしあわせのみつけ方

昨日の「僕の妻はシャルロット・ゲンズブール」に引き続き、またシャルロットの実夫イヴァン・アタル監督による夫婦共演作です。

こちらは原題がIls se marièrent et eurent beaucoup d'enfants、平たく訳せば「彼らは結婚して、たくさんの子どもができましたとさ」という感じでしょうか。(この時制は半過去でしたっけ?>しゃるろっと先生)「フレンチなしあわせのみつけ方」は、観客をたくさん呼べそうな邦題かもしれませんが、内容に合っているかはちょっとギモンです(^^;)

というのも、シャルロットとイヴァンが演じる夫婦は、かわいい男の子が一人いて一見幸せそうだけれども、実は夫には愛人がいるのです。そして、それに気付いている妻は苦しみながらも夫に何も言えずにいます。イヴァン(映画の中ではヴァンサンでしたっけ)には気の強い妻とケンカが絶えないジョルジュと、モテモテの独身貴族ながら実は結婚して落ち着きたいと考えているフレッドという二人の親友がいて、この三人の男の本音が随所で炸裂。笑わせる場面もいろいろあるのですが、ひらがなを使ってほのぼのとした雰囲気を出している邦題に反して、むしろ、男と女の幸せってなかなか難しいね、というほろ苦成分が強い内容なのでした。

イヴァンが演じている、妻と愛人のどちらか一人を選ぶことができずにズルズルひきずっている男性は下手をすると「いい加減なオトコね!オンナの敵だわ!ぷんぷんっ!!」と嫌悪感を誘うだけの存在になりかねません(特に女性の目にはね)。が、ここはイヴァンの見せ方の上手さ。愛人の部屋から出るときの狂おしいまでの去りがたさ、プレスリーのCan't Help Falling In Loveを聴きながらCDの整理をする妻のうなじに目がとまったときにかきたてられる想い。両方の女性に対する気持ちの強さが画面からこれでもかとにじみ出てきて、「かーーっ!これはたしかに選べないかも……」と、つい納得……はしないまでも、「なかなか道徳の教科書のようには割り切れないこともあるよねぇ」と遠い目にさせる説得力がありました。全体的には説明的な描写がかなり省かれていて、どこまでが現実でどこまでが想像なのか分からないところもたくさんあるのですが、強調すべきところは丁寧に見せている、そのメリハリが印象的です。

最後の方で、息子を学校(幼稚園?)に送っていく途中、ヴァンサン(=イヴァン)が質問責めにされるシーンがあります。
「価値ってなあに?」
「価値は誰が決めるの?」
朝のあわただしさのせいか、「価値を決めるのはフランス大統領さ!」なんてテキトーな返事を返したパパですが、この子どものイノセントな問いかけこそ、監督がいちばん観客に投げかけたかったもののような気がします。

で、音楽ですが(笑)。私には最高としか言いようが(笑)。
だってレディオヘッド!ヴェルヴェット・アンダーグラウンド!使い方も絶妙だし。
シャルロット観たさで借りてきた「僕の妻は…」と「フレンチな…」でしたが、イヴァン・アタルの監督として、役者としての魅力、そして音楽の趣味にすっかりやられた私でした。
もちろんシャルロットのナチュラルな佇まいも、何とも言えないほど素敵でしたよ。

「フレンチなしあわせのみつけ方」オフィシャルサイト

Ilssemarierent
[DVD]フレンチなしあわせの見つけ方(アマゾン、 タワレコ

Ilsseost
輸入盤サントラ(タワレコ

2006/10/12

僕の妻はシャルロット・ゲンズブール

シャルロット・ゲンズブール20年ぶりのセカンドアルバム「5:55」が気に入ったこともあって、シャルロット出演映画をいろいろ観てみようと思い、借りてきました。

シャルロットの実夫イヴァン・アタルが監督、そして夫役で出演しているこの映画。ぷふふ……面白かったです(笑)。「ぎゃはははー!」な抱腹絶倒ではなく、「くすくす、うふふ、あはは」な笑いにくすぐられました。古きよき時代のコメディのようなシンプルさに好感が持てます。あまりにシンプルなので、あらすじを書くのもやめておきましょう。これから観る方はあれこれ知らないほうが楽しめると思うので……。

で、ついつい映画を観ていても音楽が気になってしまう私ですが、まずオープニング・クレジットの「musique originale BRAD MEHLDAU」にのけぞりました。ここのところ、ちょうどかくさんtaknomさん のブログでアルバム「Metheny Mehldau」が気になっていたので……。そうですか、ブラッド・メルドーが音楽を担当していたとは。(アルバムLargoについての拙ブログ記事)あ、サントラも出ているんですね↓。

あと、The ClashのLondon Callingのベッタベタな使われ方に吹き出しました(笑)。好きだなー、そのセンス(爆)☆

以下、関連アルバムのジャケとリンクをぺたぺた貼っておきます。

Dvdmafemme
[DVD]僕の妻はシャルロット・ゲンズブール

Mafemme
僕の妻はシャルロット・ゲンズブール(サントラ)

555_1
Charlotte Gainsbourg / 5:55 ('06)

Methenymehldau
Pat Metheny & Brad Mehldau / Metheny Mehldau ('06)

Largo
Brad Mehldau / Largo ('02)

London_calling
The Clash / London Calling ('79)

2006/09/18

Charlotte Gainsbourg / 5:55 ('06)

以前「豪華!」というエントリで書いた、シャルロット・ゲンズブール20年ぶりのアルバムが届きました。

555

5:55 (amazon日本盤ListenJapan←試聴可)

なにしろエールにナイジェル・ゴッドリッチ、デヴィッド・キャンベル(ベックのお父さん)をはじめとする豪華メンバーがバックアップしているわけですし、ウィスパー・ヴォイス好きには至福の音に仕上がっています。モノトーンの夜の中をたゆたう音楽。そこにシャルロットの声が、時に母親のように優しく、時に恋人のように色っぽく、時に少女のようにイノセントに響く。一口にウィスパー・ヴォイスと言っても、色々なニュアンスがあるものだと気づかされました。まさに女優が映画によって様々な人格を演じ分けるように。そう、これは映像の無い、音によるオムニバス映画といえるかもしれません。

英語圏のレビューをいくつか読んだのですが、概ね好評の模様。Pitchforkはわりと辛口(5.8/10)でしたが、まあ、Pitchfork向けではないですよね……。Sound GeneratorPlaylouderは共通して、彼女の声をSarah Nixeyっぽいと形容しています。んー、英語圏でああいう雰囲気というと、Sarah Nixeyに落ち着くのかもしれませんね。

Virginie Ledoyen et le cinema francais」さんの所に、シャルロットのインタビュー和訳が載っていて、とても興味深く読ませていただきました。その中で思わず反応してしまったのが、 「初アルバム Dummy がとても良いと思ったポーティスヘッドとコラボレーションしようと思い、モビーに会ったのですが、うまく行きませんでした。」というところ。むむ~、ポーティスヘッド!!Airといい、レディオヘッドといい、シャルロットの音楽の趣味、好きだわ♪コラボが実現しなかったのは残念ですけれども。
「5:55」のようなストリングスや生音をふんだんに使ったスタイルもいいですが、トリップホップやとんがったエレクトロニカでも彼女の声を生かせると思います。いつかそんな作品も聴いてみたい!

シャルロット・ゲンズブール・オフィシャル
 "VUE PAR"をクリックすると、色々な写真家によるシャルロットを見ることができます。

5:55オフィシャル

オフィシャルMyspace (2曲試聴可)

2006/09/02

豪華!

20年ぶりでセカンド・アルバムっていうの凄いですが、このメンツは一体!?

シャルロット・ゲンスブール、20年ぶりのソロ作!エール、N・ゴドリッチ他参加 (CDJournal.comより)

Airにジャーヴィス・コッカー、ベックのお父さん、プロデューサーにはナイジェル・ゴッドリッチって……。まるで不肖glasshouseに鼻血を出させるために組まれたような布陣じゃありませんか。

20年前のお父上とのデュエットの時は、「声出てないじゃん、歌えてないじゃん~……(小声で)でもカワイイぜ!」て思いましたが、今作「5:55」は試聴してみたらなかなか好みの感じなので注文しました♪

で、超ーーー蛇足ですが、大昔の父娘デュエットのPV。
うーん、ハッキリ言って趣味悪~(爆)
ゲンズブールの仁王立ちには笑ってしまいます。。。。

2006/04/15

ゲンズブールで目覚めたものとは?

昨日アップするつもりが、疲れて寝ちゃいました(;´ρ`)。はあ~、よく寝た!

一昨日の記事のように、ゲンズブールの声に「っきゃー!」な夜を送った翌日。あらためて「っきゃー!」だった曲名を確認したら、Sous le soleil exactement(「太陽の真下で」)とLes sucettes(「アニーとボンボン」)だった‥‥というところまでは、すでに書きました。

この2曲に共通するもの。それは「S」の音が多いんですね。タイトルからして、
Sous le soleil exactement(強いてカタカナで書けば)→・ル・レイユ・エグザクトゥマン
Les sucette→レ・シュセットゥ
と、それぞれ「S」音がふたつずつ入っていますし、歌詞自体にもたくさん登場して、それをまたゲンズブールが大袈裟に息をシュッシュさせながら丁寧~に発音しているのです。これはくすぐったいわけだ。「S」音恐るべし。しかも、「かなりワル」おやじのゲンズブールのこと、確信犯的に「S」音の多い曲を書いている‥‥なんてこともあり得そうな気がしてきます。さらに「S」だけではなくて、「K」や「T」の音なんかも、炭酸の泡が弾けるように、そっとやさしく発音されると、かなりグッとくるものがあります。日頃は歌詞の意味に気をとられることが多い私なのですが、言葉の意味から離れた、個別の音が持つ魅力というものに、がぜん興味が湧いてきました。

Gainsbourgforever_2
ゲンズブール・フォーエヴァー

そんな時、なんともタイムリーに目が留まったのが、tonosanさんのブログ『Perspective of idea立体的思考のために。』の、 「音のクオリア」という記事。黒川伊保子さんの著書『怪獣の名はなぜガキグゲゴなのか』(新潮新書)の解説・感想とともに、「音のクオリア」の概念を説明なさっていました。「音のクオリア」!これこれ!と、さっそく黒川さんの本、購入~!

Kaijuu

「クオリア」とは認知科学用語で「五感を通じて脳に入力される知覚情報が脳に描く印象の質のこと」だそうです。「音のクオリア」は、「ことばの音単体のサブリミナル・インプレッション」(p.56)。「ことばの音の響きには、潜在的に人の心を動かす力がある。発音の生理構造に依拠した、人類共通に与える潜在情報があるのだ」(p.13)。たしかに、前夜のことを思い出すと、言葉の意味を飛び越えて、個々の音に心を動かされたという手ごたえがありましたから、身を乗り出して読み進めました。

もともと人工知能のエンジニアで、自然言語解析をやっていたという黒川さんは、かねてから企業名や商品名の企画などの現場で語られてきた経験則から説き起こします。「車の名前にはCがいい」(例・カローラ、クラウン、セドリック、シビック等)、「女性雑誌はNとMが売れる」(例・アンアン、ノンノ、モア等)、「人気怪獣の名前には必ず濁音が入っている」(例・ゴジラ、ガメラ、キングギドラ等)。このように経験的に語られてきた、ことばの音のサブリミナル効果についての科学的・客観的研究はこれまでなかったそうです。

そんなわけで、黒川さんが初めて体系化したサブリミナル・インプレッション理論を読んでみた感想ですが、興味深い発想やエピソードがたくさんあったものの、各論レベルでは疑問や違和感を感じるところが多々ありました。例えば、黒川さんはあくまでも日本語の50音のローマ字をベースに体系化していることもあって、「R」音と「L」音の違いなどは大雑把すぎると思いましたし、一番の違和感は、各音が与える(と黒川さんが考える)インプレッションの内容がどうしても恣意的に感じられることです。それでもやはり「音のクオリア」という発想は面白いので、今後各分野での研究が進むことを期待したいです。

さてさて。読後にゲンズブールの曲を再検証してみました。黒川さんによると、思春期の少女たちはS,K,Tという音に傾倒するそうです。「これに、全年齢層の女性にキレイを感じさせる音Rを加えた四音が、若い女性にモテる音になる。」(p.172) S,K,T,Rの四音‥‥黒川さんのR音はL音とほぼ同じなので、S,K,T,Lとすると、なんとSous le soleil exactement(ソレイユ・エグザクトゥマン)は、タイトルだけですでに若い女性にモテる四音全てが揃い踏み!さすが、「かなりワル」おや‥(もういいって 笑)

これを応用(?)して、「とにもかくにも、『オトコこども』の好きな音」(p.135)である濁音を効果的に使った曲がないか考えてみました。思いついたのは、古い曲ですが、Get It On (Bang A Gong)。オリジナルはT.Rexで、私は80年代のThe Power Stationによるカヴァー・バージョンに親しんでいました。サビの歌詞「♪リロ~~ン、ガゴ~~ン、リロ~~ン(Get it on, bang a gong, get it on)」の、「G」と「B」の音を思いっきり強調して歌うとスカッと爽快、ストレス解消!これが「♪しゃばだ~、しゅびだ~、しゃばだ~」だったら、なんだか腰砕けでヒットしなかったような気がしませんか?

Trex
T.REX/ 20th Century Boy: The Ultimate Collection (試聴可)

Thepowerstation
ザ・パワーステーション (日本盤)

皆さんお気に入りの曲で、歌詞の意味というよりも、特定の「音」がなんだか気持ち良い!というのはありませんか?あと、これからブログ名やハンドル名を決める方は、お気に入りの言葉やイメージ、文字の見た目の印象など、決め手となるポイントは色々ありますが、「音のクオリア」も考慮に入れてみてはいかがでしょう?

2006/04/13

ゲンズブールで目覚めてしまった私。

先週のある日、セルジュ・ゲンズブールの2枚組ベスト盤を借りてきました。さっそくiPodに取り込んで、子どもの寝かしつけをしながらベッドの中で聴くことに。

Gainsbourgforever
セルジュ・ゲンズブール/ゲンズブール・フォーエヴァー

以前にも書いたことがあるかもしれませんが、私はこのように暗い中、ヘッドフォンで音楽を聴くのが好きです。最初はなかなか寝つかない子どもの横でじっとしているための苦肉の策だったのですが。暗くなって視覚が閉ざされた方が、聴くことに集中できるような気がします。昼間は聞こえなかった音に気付いたりするのも、こういう時なんですよね。とはいえ、音楽そっちのけでぐっすり寝てしまうことも多いんですけど(笑)。

初期の曲は案外普通のシャンソンだな~なんて思いながら、そのうちウトウト。しばらく眠ってしまって、意識がうっすら戻った時に聞こえてきた曲が‥‥なんか、まじやばい。
なんというか、ゲンズブールの唇をすり抜ける吐息が、直接、耳の中に、入ってくる。
ゲンズブールの喉の奥で音が優しく鳴り、舌先で弾けるのが、もう、すごくリアルに伝わってくる。
っきゃー!ドキドキする!全身くすぐったい!!
っきゃー!そんなに囁かないでったら!(←バカですね~)
ドキドキドキドキ‥‥
っきゃー!ど、ど、ど、どうしよう????(←どうしようもないって 笑)
ドキドキドキドキ‥‥
(笑)‥‥ぷぷぷ。今書くと笑っちゃうし、こっぱずかしいですが、ありていに言ってこんな感じでした。たぶん、理屈っぽい左脳がまだ眠っていて、右脳だけで聴いていたから、ここまで敏感に、聴こえてくる音に反応したのではないかと思います。(*・_・*)

ともかく。ルックス的にはもっとカッコいい男性はたくさんいたと思うんですけれども、生前のゲンズブールが様々な女性と浮名を流していたのがよ~く分かったような気がします。あの声には、ホント参るわ。声だけで女性の100人や200人、バッサバッサ倒せそうな勢いですよ。「ちょいワル」どころか、「かなりワル」おやじと呼ばせていただこう。と、深~く感心&納得したところで就寝。

翌朝、あらためて「っきゃー!」だった曲がどれだったのか確かめたたところ、一番の「っきゃー!」ソングがSous le soleil exactement(邦題「太陽の真下で」)という曲。次点がLes sucette(邦題「アニーとボンボン」)という曲でした。(辞書で調べると、sucette=おしゃぶり、棒付きキャンディー。フランス・ギャルに提供したという、いわくつきの曲はこれだったんですね。)

ふむふむ。と私は考えた。
そして、この2曲の共通点から、「あること」に目覚めたのでした。
長くなるので、それについてはまた明日~!(の予定)(^-^)

2006/04/03

ベジャール、バレエ、リュミエール('04)

振付家モーリス・ベジャールについては、ずっとずっと前にテレビで「ボレロ」を観たことがあった程度で。何者かに突き動かされるような鬼気迫る表現には圧倒されたものの、ジョルジュ・ドンの妖しい存在感が怖い‥‥という他に具体的な感想は、当時中学生だった私の頭には浮かびませんでした(^^;)。未だにベジャール以外のバレエのことだってよく知らないのですが、ジャック・ブレルとバルバラの曲が使われていると56さんに教えていただいたことから、このDVDを手に取りました。原題"B comme Bejart"。Bはベジャール、バレエ、ブレル、バルバラ、そしてバッハに共通する頭文字です。

Bejart

これは創作バレエ「光─リュミエール」を製作中のベジャールとダンサー達を追ったドキュメント。「光」というテーマでベジャールが何を表現しようとしているのか、それをどのように形にしていくのかを描きつつ、ベジャールのバレエ哲学、人生哲学にまで光が当てられます。「光」、それは誕生であり、春であり、恋愛、別れ、孤独、映画、ダンス‥‥そう、「光」は人生のあらゆる場面を照らすもの。

「天才」と呼ばれる振付家がどのように振り付けを考案し、ダンサー達に伝えるのか、衣装、映像などをどのように決めていくのか、といった創作過程も面白かったし、鍛えぬかれたダンサー達の身体表現も魅力的でした。でも、それ以上に私が魅了されたのは、ブレル、バルバラの歌詞や、ベジャール自身の口から語られる珠玉の「言葉」の数々。

ごく一部ですが、例えば、

ブレル「朝日(光)が輝く 君を誘って 屋根の上に登り 世界が明けるのを見よう」(La lumiere jaillira)

バルバラ「あなたは魔術師 私に光を返してくれた 疲労が白い鳩になって 海原を飛んで行く」(L'amour magicien)

ベジャール「孤独の中にこそ光がある」、などなど。

ブレルの1958年(59年と書いてある物もあってどっちだろう?)の曲、「行かないで(Ne me quitte pas)」は、タイトル通り、終わりかけた恋をなんとか取り戻そうと呼びかける歌です。不可能をなんとか可能にしようとする切実な思いが、痛々しいまでの言葉の彫刻へと昇華されている‥‥と、私には思えます(個人の方のサイトですが、ここで原詩と訳を読むことができます)。この曲がステージで使われている時、舞台袖からそれを見つめる若いダンサーが、噛みしめるように小声で歌っているシーンがあって。彼女の真剣な表情が印象的でした。とても古い曲ですが、良いものは輝きを失わないということを実感します。

ステージの光、ダンサー達の肉体が放つ光、すばらしい音楽や歌詞がもたらす光‥‥このドキュメントからたくさんの光をもらったような気がします。創作バレエ「リュミエール」、いつか本物の舞台を見ることができるでしょうか。

☆DVD「ベジャール、バレエ、リュミエール」

Bcommebejart

バレエよりも使用されている曲の方に興味があった私は楽しめましたが、amazonのカスタマー・レビューにもあるように、バレエそのものをじっくり見たい方には消化不良が残るかもしれません。
私が見たレンタルDVDには収録されていませんでしたが、セルDVDの方には映像特典として「ボレロ」と「春に」と「黒いワシ」のダンス・シーンがフルバージョンで納められているそうです。‥‥見たい。でも結構なお値段ですぅ‥‥(涙)。

☆ 「ベジャール、バレエ、リュミエール」日活.comのページ
  予告編を見ることができます。

2006/02/16

Au claire de la lune

昨日の記事に書いた、シャンソン「ブルネットの婦人(La dame brune)」と童話「ピエロあるいは夜の秘密(Pierrot ou les secrets de la nuit)」をつなぐ「歌」とは、フランスに長くつたわる民謡、今では童謡として小さな子ども達に歌い継がれているものでした。以下が拙訳による歌詞です。

Au claire de la lune(月の明りのもとで)

月の明りのもとで
友だちのピエロさん
ペンを貸してくださいな
ひとこと書きたいんです
わたしのろうそくは消え
もう火がないんです
ドアを開けてくださいな
おねがいだから

月の明りのもとで
ピエロが答えます
「ペンは持っていないよ
ぼくはもうベッドの中だし
となりの女のところに行ってみたら
いると思うよ
だって台所で
火打石を打つ音がするもの」

月の明りのもとで
愛すべきリュバンが
ブルネットのドアをたたきます
いきなり彼女は答えます
「そんなふうにノックをするのは誰?」
今度は彼が答えます
「ドアを開けてくださいな
愛の神のために」

月の明りのもとで
あんまりはっきり見えないけれど
羽根ペンをさがしたり
火をさがしているようす
そんなふうにさがしたところで
何を見つけたのか知りません
ただ知っているのはドアが
二人の後ろで閉じたこと

うーん、なんだか意味深じゃないですか?これが童謡とはフランス人おそるべし!と思いましたが、さすがに童謡として良く歌われるのは2番までだそうですw。( 「開絵在明日之抱夢頁」さんのこちらで1番の原詞を見ながらメロディーを聴くことができます。)

バルバラとムスタキの歌詞には、ピエロがペンを貸してくれたから、愛の歌の歌詞が数節書けたと受け取れるような表現がされています。ピエロのペンは、詩の神がやどる特別なペンなのでしょうか?そして、ここで歌われる女性の髪がブロンドでも赤毛でもなくブルネットなのは、もちろん童謡の「月の明りのもとで」に出てくる「隣の女」の髪の色がブルネットだからです。いうまでもなく、それを歌うバルバラもブルネット。

一方ミシェル・トゥルニエの童話では、一昨日書いたあらすじの続きの部分に、この童謡が登場します。コロンビーヌがピエロと再会をはたし、彼のパン工房で眠ってしまったところに、彼女の不在に気付いたアルルカンがやってきます。寒さと疲れで震えながらアルルカンはピエロのドアを叩いて、「月の明りのもとで」の1番の歌詞をそのまま台詞として語るのです。単なる物語としてはここでアルルカンに来られると邪魔以外の何者でもないのですが(笑)、口達者できらびやかな人工色をあやつるアルルカンが、ペン(=書き言葉)と火(=パンを生み出すかまどの火)への敗北を認めるという象徴的行為。また、読者である子ども達に、おなじみの童謡には実はこうした背景があったんですよ(フィクションですが)と示す場面でもあります。

ということで、童謡「月の明りのもとで(Au claire de la lune)」が、シャンソン「ブルネットの婦人」や童話「ピエロあるいは夜の秘密」に共通するインスピレーション源だったということです。

その後ネットで検索していたら、神戸大学の三木原浩史先生が書かれた「月とピエロとブルネットの婦人」という論考(「近代」第73号、神戸大学近代発行会、1992)があると知りました。気になりだすと止まらない性格、コロンビーヌよろしく神戸大学までトコトコ‥‥は、さすがにしませんでしたが(笑)、都内某所で入手。さらに後で知ったのですが、「シャンソンはそよ風のように─フランス紀行文化断想」(三木原浩史著、彩流社、1996)という本の目次に同名の章があるので、同じ内容をここで読めたのかもしれません(こちらは未読です)。

ともあれ、その論考で三木原先生は興味深い推論をなさっていました。「月の明りのもとで」の登場人物には、実在の人物のモデルがいたのではないかと。歴史に強い方ならすぐに分かってしまうかな?その信憑性については、素人の私には何ともいえず、「あの時代だったらそういうことも有り得るかもしれないなー」と思うだけですが。
真相は神のみぞ知る、いえ、月の明りだけが知っているのかもしれません。

(いずれも18世紀の人物)
1.ピエロ=△△△△△△氏
2.ブルネットの女性=×××××××夫人(××××××夫人の表記もあり)
3.リュバン=○○○○世

だーれだ?

2006/02/15

Barbara&G.Moustaki / La Dame Brune ('67)

本当のところ、昨日の記事にした「ピエロあるいは夜の秘密」のことは、長い間すっかり忘却の彼方にありました。授業で習ったのは遥か昔のことですから。
この童話のことを思い出すきっかけとなったのは、数年前に初めて聴いた、あるシャンソン。
バルバラ(Barbara)とジョルジュ・ムスタキ(Georges Moustaki)のデュエット曲「ブルネットの婦人(La Dame Brune)」('67)です。

barbara barbara2

左:輸入盤  右:日本盤 収録曲目は同じ

この曲を知ったのは、「黒いワシ(L'aigle Noir)」('70)という代表曲に魅了されて買ってみたバルバラのベスト盤CD↑にて。そこに収録されていた「ブルネットの婦人」はムスタキ作曲(作詞は共作)ということもあって、他の曲とは雰囲気が異なっており、なんとなく目立つ存在でした。繰り返し聴くうちに、ピエロ(Pierrot)、羽根ペン(plume)の語が無性に気になるようになり、記憶の糸をたぐって、たぐって‥‥。ようやく実家に置いてあった教科書(=注釈付Pierrot ou les secrets de la nuit)を探り当てた時には、宝物を見つけ出したような気分でした。

「ブルネットの婦人」は、ムスタキが歌う男性パートと、バルバラが歌う女性パートが交互に繰り返され、全部で8番までの歌詞があります。それは、男性が未だ見ぬブルネット(褐色の髪)の婦人への愛の歌を創作し、ブルネットの婦人はそれを聴きながら、山を越え丘を越えて彼のものに近づいていき、結びの8番でようやく二人が出会うというストーリー。ムスタキの素朴で優しいメロディーにのせて、ゆったりと物語が展開していきます。

3番の一節(ムスタキ):Pierrot m'avait prete sa plume
ピエロがぼくにペンを貸してくれた

4番の一節(バルバラ):Pierrot t'avait prete sa plume
ピエロがあなたにペンを貸してくれたわね

ここでなんだか唐突にピエロという名前が出てきますが、これはまさしくトゥルニエの童話のピエロと同一人物。女性が山を越え、丘を越えて男性のもとまで歩いていく、というのもピエロの待つ村まで戻るコロンビーヌの歩みに重なるものがあります。
1967年に録音されたデュエット曲と、1979年に出版された童話。そこに共通するピエロと、彼の羽根ペン。ストーリーの異なるふたつの世界がどうしてピエロと羽根ペンでつながるのか、漠とした謎のまま、それ以上調べることもなく日々が過ぎていきました。
実は、両者を結びつけるもうひとつの「歌」があったのですが、それについてはまた明日☆

バルバラ・ファンサイト Planete Barbara

ムスタキ・ファンサイト

「ブルネットの婦人(La Dame Brune)」原詞

P.S. シルヴィアンのインタビューが載っているサウンド&レコーディング・マガジン3月号を買いました。(^_^) インタビューは見開き2ページ、写真はNine Horsesのおなじみ公式フォトと、Snow Borne Sorrowのジャケ写です。

2006/02/14

Pierrot ou les secrets de la nuit

Pierrot ou les secrets de la nuit「ピエロあるいは夜の秘密」

060214_2207001

今日はゴンクール賞作家ミシェル・トゥルニエ(Michel Tournier,1924-)の童話について。○年前に、大学の第二外国語のフランス語教材として読んだものです。

ある村にピエロ(Pierrot)とコロンビーヌ(Colombine)という幼馴染みの男女がおりました。
仲の良かった二人でしたが、ピエロがパン屋に、コロンビーヌが洗濯屋になり、疎遠になってしまいました。
パン屋は夜にパンを焼くので生活の時間帯が合わず、しかもコロンビーヌは夜やかまどに恐怖心を抱いていたのです。内気で口べたなピエロは、大きな羽根ペンを手に取っては何度もコロンビーヌに長い手紙をしたためますが、ずっと渡せないままでした。そんなある日、村にアルルカン(Arlequin)という陽気なペンキ屋がやってきて、コロンビーヌと意気投合。
コロンビーヌの洗濯屋は染物屋も兼ねるようになり、彼女の純白の衣装もアルルカンとおそろいのカラフルな衣装に変わりました。そして二人は放浪の旅にでかけてしまいます。けれども冬がおとずれ、あたりが雪に覆われる頃、カラフルな衣装は色あせ、アルルカンとコロンビーヌの仲もすっかり冷めてしまいます。そんなある晩、コロンビーヌは出発前にピエロがそっとしのばせておいたメッセージを見つけたのです。
「コロンビーヌ!ぼくを見捨てないで!アルルカンのうすっぺらなこしらえものの色彩なんかに、まどわされないで!そんなのいやなにおいのするどっけのある色、おまけにすぐはげちまう色なんだ。ねえ、ぼくにだってぼくの色っていうのがあるんだぜ。でもこっちのは心にしみとおるほんとうの色なんだ。(後略)」
それを読んだコロンビーヌは雪の中を一人はるばる歩き、ピエロのもとに帰っていくのでした。村に戻ったコロンビーヌは気付きます。夜は決して暗黒ではなく、美しい青だということを。しかも、アルルカンのペンキのような人工的な青ではなく、胸いっぱいに吸い込むことができる、湖や氷河や空のような輝きのある青だということを‥‥。(ピエロのメッセージ部分:石田明夫訳)

子どもでも読めるように書かれたものですが、様々なメタファーや寓意が織り込まれ、深い含意がある物語です。

皆さまの大切な人の色は、どんな色ですか?きらびやかな「恋人」じゃなくてもいいんです。ご家族でも、ご友人でも、大切な人なら。

Happy Valentine's Day!

P.S.私の拙い要約では今ひとつなので、パロル舎発行の『親指小僧の冒険 七つの物語』(ミシェル・トゥルニエ著、石田明夫訳)がおすすめです。石田さんの訳は活き活きとして、時にお茶目で、言葉がはずんでいる感じ。

[蛇足] 学校の近くに「アルルカン」という喫茶店がありました。ランチの時間はいつも込んでいて、1回位しか行かないまま卒業してしまったのがちょっと残念!

より以前の記事一覧