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2006/10/30

[映画]薬指の標本

観て来ました、ディアーヌ・ベルトラン監督の「薬指の標本」。

オープニングの試験管のアップや、サイダー工場のベルトコンベアを流れていくサイダー壜。液体の中で揺れる泡がスクリーンの上ではじける様子……、つい、自分のブログ左上の画像を思い出してしまいました(笑)。光、色彩、質感、衣装、すべてがとても美しく、映画館の大きな画面で見ることができて良かったです。めいっぱい官能的なシーンは、朝っぱらから(朝一番の回を観たので)「わ、わー(鼻血)」でしたけど(^^;;;)。

ベス・ギボンズの歌や、遠い部屋から響いてくるピアノの音なども、情感をじわじわ刺激してくれました。サントラがもしあったら欲しいですが、今のところ無いのかな?

監督は小川洋子の原作小説を深く読み込み、さらなる広がりや肉付けを加えていました。原作には無く、監督が独自に付け加えたのが、標本室の事務員を務める主人公のイリスが、港で働く男と安宿をルームシェアをするという設定。昼間働くイリスと、夜間働く男は部屋を同時に使うことはないのですが、部屋に残された互いの衣服や、持ち物などを通じて徐々に互いの存在を意識し始めます。朝イリスが出勤し、男が部屋に戻る時すれ違ったりするうちに、シェアしている相手があの人だ…と互いに気付くようになる過程が密やかで、良かったです。このエピソードを加えることで、他の男性という選択肢もあったけれども(港の男、かなりの男前~)、あえてイリスは標本技師に自らの意志で囚われていったということが強調されています。

唯一、難を言えば、原作では主人公が和文タイプの活字盤の中身を床にぶちまけてしまい、標本技師が凝視する中、夜通しかけて拾うシーン。アルファベットのお国ではそんなに大量の活字をぶちまけるというシチュエーションが作りにくかったのか、なぜか中国人が標本化してほしいと持ち込んだ麻雀セットをぶちまけたことになってました。日本人の私の感覚としては、麻雀はこの映画に似合わないのではないかと(苦笑)。しかも、いくら全部ぶちまけてしまったって、拾うのに一晩もかからないでしょ!と思ってしまうじゃないですか。そこだけ惜しかったです。たしかに、床にはいつくばる若き美女と、一切手伝わずに凝視する白衣の男っていうのは、妖しいムード満点ですけどねぇ。。。

ところで、この標本室で作られる標本は、普通の標本ではありません。火事になった自分の家の焼け跡に生えていたキノコ、別れた恋人が作曲してくれた曲、飼っていた小鳥の骨。「多くの人は自分から遠ざけたい物を標本にする。」依頼人は、繰り返し思い出し、懐かしむためではなく、封じ込め、分離し、完結させるために品物を持ってくるのです。
「標本を必要としない人間なんていないさ」と、技師は言います。ミステリアスな技師の魅力に囚われていったイリスは、以前サイダー工場で働いていたときに欠けてしまった薬指を標本にしてもらうため、標本技術室へと踏み込んでいくのですが……。

最初は、この「標本」というのがピンとこなかったのですが、だんだん分かってきたような気がします。自分にとって大きな意味を持っているけれども、抱えているとしんどくなるもの。捨ててしまうことはできないけれど、遠ざけて封印しておけば、生きるのが少しは楽になるのではないかと思えるもの。皆さんには何かありますか(笑)?

長年生きていると、そういう物ってどんどん増えてきているような気もしますが(45リットルごみ袋が満杯になったらどうしよう? 苦笑)、あえて一つ選ぶなら。
私は両耳のピアス・ホールでしょうか。自分の中に開けられた、「自分ではない」部分。
どうかこれを標本にして下さい。

2006/10/13

フレンチなしあわせのみつけ方

昨日の「僕の妻はシャルロット・ゲンズブール」に引き続き、またシャルロットの実夫イヴァン・アタル監督による夫婦共演作です。

こちらは原題がIls se marièrent et eurent beaucoup d'enfants、平たく訳せば「彼らは結婚して、たくさんの子どもができましたとさ」という感じでしょうか。(この時制は半過去でしたっけ?>しゃるろっと先生)「フレンチなしあわせのみつけ方」は、観客をたくさん呼べそうな邦題かもしれませんが、内容に合っているかはちょっとギモンです(^^;)

というのも、シャルロットとイヴァンが演じる夫婦は、かわいい男の子が一人いて一見幸せそうだけれども、実は夫には愛人がいるのです。そして、それに気付いている妻は苦しみながらも夫に何も言えずにいます。イヴァン(映画の中ではヴァンサンでしたっけ)には気の強い妻とケンカが絶えないジョルジュと、モテモテの独身貴族ながら実は結婚して落ち着きたいと考えているフレッドという二人の親友がいて、この三人の男の本音が随所で炸裂。笑わせる場面もいろいろあるのですが、ひらがなを使ってほのぼのとした雰囲気を出している邦題に反して、むしろ、男と女の幸せってなかなか難しいね、というほろ苦成分が強い内容なのでした。

イヴァンが演じている、妻と愛人のどちらか一人を選ぶことができずにズルズルひきずっている男性は下手をすると「いい加減なオトコね!オンナの敵だわ!ぷんぷんっ!!」と嫌悪感を誘うだけの存在になりかねません(特に女性の目にはね)。が、ここはイヴァンの見せ方の上手さ。愛人の部屋から出るときの狂おしいまでの去りがたさ、プレスリーのCan't Help Falling In Loveを聴きながらCDの整理をする妻のうなじに目がとまったときにかきたてられる想い。両方の女性に対する気持ちの強さが画面からこれでもかとにじみ出てきて、「かーーっ!これはたしかに選べないかも……」と、つい納得……はしないまでも、「なかなか道徳の教科書のようには割り切れないこともあるよねぇ」と遠い目にさせる説得力がありました。全体的には説明的な描写がかなり省かれていて、どこまでが現実でどこまでが想像なのか分からないところもたくさんあるのですが、強調すべきところは丁寧に見せている、そのメリハリが印象的です。

最後の方で、息子を学校(幼稚園?)に送っていく途中、ヴァンサン(=イヴァン)が質問責めにされるシーンがあります。
「価値ってなあに?」
「価値は誰が決めるの?」
朝のあわただしさのせいか、「価値を決めるのはフランス大統領さ!」なんてテキトーな返事を返したパパですが、この子どものイノセントな問いかけこそ、監督がいちばん観客に投げかけたかったもののような気がします。

で、音楽ですが(笑)。私には最高としか言いようが(笑)。
だってレディオヘッド!ヴェルヴェット・アンダーグラウンド!使い方も絶妙だし。
シャルロット観たさで借りてきた「僕の妻は…」と「フレンチな…」でしたが、イヴァン・アタルの監督として、役者としての魅力、そして音楽の趣味にすっかりやられた私でした。
もちろんシャルロットのナチュラルな佇まいも、何とも言えないほど素敵でしたよ。

「フレンチなしあわせのみつけ方」オフィシャルサイト

Ilssemarierent
[DVD]フレンチなしあわせの見つけ方(アマゾン、 タワレコ

Ilsseost
輸入盤サントラ(タワレコ

2006/10/12

僕の妻はシャルロット・ゲンズブール

シャルロット・ゲンズブール20年ぶりのセカンドアルバム「5:55」が気に入ったこともあって、シャルロット出演映画をいろいろ観てみようと思い、借りてきました。

シャルロットの実夫イヴァン・アタルが監督、そして夫役で出演しているこの映画。ぷふふ……面白かったです(笑)。「ぎゃはははー!」な抱腹絶倒ではなく、「くすくす、うふふ、あはは」な笑いにくすぐられました。古きよき時代のコメディのようなシンプルさに好感が持てます。あまりにシンプルなので、あらすじを書くのもやめておきましょう。これから観る方はあれこれ知らないほうが楽しめると思うので……。

で、ついつい映画を観ていても音楽が気になってしまう私ですが、まずオープニング・クレジットの「musique originale BRAD MEHLDAU」にのけぞりました。ここのところ、ちょうどかくさんtaknomさん のブログでアルバム「Metheny Mehldau」が気になっていたので……。そうですか、ブラッド・メルドーが音楽を担当していたとは。(アルバムLargoについての拙ブログ記事)あ、サントラも出ているんですね↓。

あと、The ClashのLondon Callingのベッタベタな使われ方に吹き出しました(笑)。好きだなー、そのセンス(爆)☆

以下、関連アルバムのジャケとリンクをぺたぺた貼っておきます。

Dvdmafemme
[DVD]僕の妻はシャルロット・ゲンズブール

Mafemme
僕の妻はシャルロット・ゲンズブール(サントラ)

555_1
Charlotte Gainsbourg / 5:55 ('06)

Methenymehldau
Pat Metheny & Brad Mehldau / Metheny Mehldau ('06)

Largo
Brad Mehldau / Largo ('02)

London_calling
The Clash / London Calling ('79)

2006/05/23

The Butterfly Effect

「バタフライ効果」とは、初期条件のわずかな差が時間とともに拡大して、結果に大きな違いをもたらすという、カオス理論を表現した思考実験のひとつだそうです。ネーミングの由来は、「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」とたとえられることから。(Wikipedia参照

Butterflyeffect

その「バタフライ効果」をタイトルにした映画、The Butterfly Effect(全米公開2004年、日本公開2005年)を見ました。誰でも「あの時ああすればよかった」「あれをしなければよかった」などと振り返ることがあると思います。大学生の主人公(アシュトン・カッチャー)は、子ども時代の日記を読むことで過去に戻り、気になっていた言動をやり直せることに気付きます。でも、過去をやり直すたびに、大切な友人や自分自身の現在に大きなしわ寄せが来てしまい‥‥。児童虐待、爆破物設置、恋人が娼婦に転落、母親が重病、自分が刑務所入り、といった出来事の数々が、めまぐるしく現れては塗り替えられていきます。最後に彼がとった究極の選択は、ほろ苦いながらも、ストンと心の中に落ちていくものでした。

マルチエンディングのロールプレイング・ゲームや小説の発想が取り込まれているのでしょうが、ラストのおかげで上手くまとまっていると思いました。アシュトン・カッチャー、好みのタイプではないはずなんですが、カッコ良いです(笑)。

私自身はRPGはやらないし(一度手を付けたら、のめりこんで収拾がつかなくなるのが目に見えているので^^;)、マルチエンディング小説は食わず嫌いで読んだことがありません。小説は作者の意図がストーリー展開から伝わってくるものであって欲しいと思ってしまうんですよね。ただ、創作作品についてはそう思いますが、現実の人間にはあの時違う選択をしていたらどうなっただろう?と想像する自由が必要だと思います。現実の人生はマルチエンディングでないからこそ、イマジネーションの中だけでも若干の遊びがないと、息が詰まりそうだし‥‥。それに、「もし自分が今とは違う状況にいたら」と想像することがなかったら、自分と立場の違う人の気持ちを想像してみることもできなくなりますから。時には、想像の翼を羽ばたかせようではありませんか。

そうそう、忘れちゃいけない。エンディング・ソングはOasisのStop Crying Your Heart Out(アルバムHeathen Chemistry)♪

バタフライ・エフェクト日本版映画サイト

[DVD]バタフライ・エフェクト

[小説] 「バタフライ・エフェクト」ジェームズ・スワロウ著、酒井紀子訳

2006/05/10

記憶の残像、そして、The Virgin Suicides

頭の切り替えが上手い人と、下手な人がいます。私はというと、とっても下手なんです。先日ネット断ちをしなくてはいけないと感じたのも、ブログで書きたいことがいっぱいあって、他の事がほとんど考えられなくなっていたから。没頭すると寝食忘れてしまうタイプなので、ブログで頭がいっぱいになると、夕食に食べたいもののことなんか、全く考えることができなくない日々が何日も続いたりして。一人暮らしならそれでもいいかもしれませんが、家族がいるとさすがにマズイです。

ブログ記事を書き終えアップしても、何度も読み返して直すところはないか考えこんでしまうし、気に入った部分があれば、そこを何回も頭の中で反芻してしまう。誰かを好きになれば、その人のことばっかり考えてしまう。学生時代は、試験勉強を終えて寝てからも、夢の中で数式を解いていたりして、うわ~うざい(苦笑)!ホワイトボードを消すように、必要のないことは心と頭の中からサッと消して次のことに移りたいのに、残像がいつまでもいつまでも残ってしまうのです。

ここ2日ほどリアルライフがとても忙しくて、すっかりブログのことは頭から追い出さざるを得なかったのですが、ようやく一段落ついてブログのことを考える時間ができたのに、まだその忙しかった用事の内容が頭の中をずんずん走っています。「まったくもう!」ってことで、逆にそれをネタにしてみました(笑)。

Virginsuicides
DVD:ヴァージン・スーサイズ

ちょっと強引ですが、「記憶の残像」というイメージが出たので、GW中にDVDで見た「ヴァージン・スーサイズ」。舞台は70年代アメリカの住宅地。リスボン家の13歳から17歳までの年子の美人姉妹5人は周囲の少年達の憧れの的だった。だが、末娘が謎の自殺をとげてからというもの(あるいはその前からかもしれないけれど)、歯車がどこか狂いはじめ、最終的には4人の姉達も皆自殺してしまう。少年達は彼女らが忘れられず、大人になっても彼女達を思い出しては自殺の理由を問い直さずにはいられない‥‥。その過程を、まどろむような甘美な映像で淡々と綴っていく映画です。(日本公開2000年)

「ロスト・イン・トランスレーション」のソフィア・コッポラ監督の処女作で、ちょっと素人っぽい手作り感が残っています。それが逆にティーンエイジの女の子っぽい雰囲気です。Jeffrey Eugenidesによる原作小説は読んでいませんが、自殺した本人たちの視点ではなく、少年(達)の視点から描かれているところがミソだと思いました。本人達の心理を分析的に描写するのではなく、あくまでもカーテンのかかった窓越しに淡く垣間見る感じ。憧れて、深く知りたいと思っても、とらえることのできないもどかしさ。いつまでも拭い去ることのできない残像。

日常生活がスムーズに回らないほど、記憶の残像に振り回されるのは困ります。それに、自殺のような悲しい事件も、小説や映画の中でならともなく、現実にはできるかぎりあって欲しくないことです。でも、ちょっと甘酸っぱい記憶の残像が全くない人生も(あり得ないかもしれませんが)寂しいですね。このブログを読んでくださっている皆さんの記憶は、どんな残像で彩られているのでしょうか。

Thevirginsuicides_1
原作本:Jeffrey Eugenides / The Virgin Suicides
現在のところ、翻訳は出ていない模様。

Virginsuicidesst

サントラ:Air / The Virgin Suicides (試聴可)
フランスのデュオ、エールによるサントラ。
ダークな甘さの、中毒性のあるサウンドです。

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サントラ:VA / The Virgin Suicides
Todd RundgrenのHello, It's Meや10ccのI'm Not In Loveなど挿入歌がおさめられたサントラ。70年代の香りでいっぱい。

2006/04/22

言葉を失った夜には

書きたいことはいろいろあるのだけれど、ちょっと疲れているのか、言葉がまとまりません。海の上に言葉のかけらがプカプカ浮いていながら、意味のあるかたまりにならずに漂っているだけのような。

こんな夜にはこれを見ようかと思います。映像とフィリップ・グラスの音楽だけで、もう、言葉はいらない‥‥。
(と、いいつつ、復活したらグダグダ追記するかもしれません^^;好きな作品なので。)

Quatsi
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2006/04/08

INTERIORS ('78)

ウディ・アレンの「インテリア」を見ました。

Interiors

<あらすじ>
イヴはインテリアデザイナー。彼女が整然とコーディネートした美しい家と、社会的に成功した夫、そして3人の娘達、。長女は詩人として高い評価を受け、次女は色々な事を試して人生を模索中、三女は女優。すべては順調であるかに思えたが、夫が「自分の人生を生きたい」と家を出てしまったことで、彼女が緻密にコントロールしていた(つもりだった)世界が崩れていく。精神に変調をきたし、自殺未遂をはかったイヴの世話をめぐる姉妹の意見の相違から、彼女達の子ども時代からの奥深い葛藤やコンプレックスまでがえぐり出される。イヴが夫との復縁だけを心の支えにしているにもかかわらず、夫はイヴと正反対の、大らかだが無教養な女性と再婚。海の見える別荘で行われた結婚式には、三姉妹もそれぞれの想いを抱えながら出席する。その席で陽気に踊る後妻が、誤って飾りの壺を割ってしまう。それはかつてイヴが入念に選んで配置した壺。思わず語気を荒げ、怒鳴りつけてしまう次女。完璧で神経質な母イヴを疎ましく思いつつ、やはり深く愛していたのだ。夜中、別荘にやってきたイヴは、夜明けと共に荒ぶる海の中へと身を投じてしまう‥‥。

<感想>
重い、重い、とにかく重い。精神的、肉体的に余裕がないと見ることができません。見ていてイングマール・ベルイマン監督の「秋のソナタ」を思い出しましたが、後で調べると、やはり「インテリア」と「秋のソナタ」は発表当時かなり比較されたそうで、しかも同年に制作・発表されているのですね。私自身、完璧な良妻賢母型の自分の母と正面から向き合うと、何とも生き難いというか、自分のコンプレックスが奥底からうわーっと噴出する感じになってしまうので、この手の母と娘の葛藤劇は正直、ものすごく辛いです。

この三姉妹の場合、長女レナータは父親に溺愛されていた次女に対する嫉妬心を溜め込んでおり、作家であるレナータの夫は彼女ほど文壇で評価されていないため、彼女に対する劣等感を拭い去ることができないでいる。次女ジョーイはクリエイティヴな母と長女の才能に嫉妬し、何も表現できない自分に苛立ってばかり。三女フリンは「かわいいだけで中身がない」と軽く見られてしまっていて。互いに家族として愛しあおう、尊重しあおう、という意思はあるのに、ことあるごとに葛藤が表面化し、傷つけあってしまうやりきれなさ。しかもそれを全て言語化してぶつけ合う欧米人のタフネスには参ります。かと言って、日本的に言葉にしないで表面上平和にとりつくろうとしても、奥底の問題が消えてなくなるわけではありませんからね。一概に欧米スタイルがいいのか、日本式がいいのかということは言えません。意思とは裏腹に、どうしても拭いきれないコンプレックスや人間関係の微妙な力学に左右されてしまうのが人間の性(さが)なのだと、あらためて思わされます。

救いなのは、タイトルにたがわず、白や淡いグレーなどのグラデーションでまとめられた美しいインテリアの魅力。見終わった後に制作年を確認して驚いたほど、今でも全く古さを感じさせないインテリアです。そして、長女レナータ役のダイアン・キートンと、次女ジョーイ役のメアリー・ベス・ハートの、派手ではないけれども知的な美しさ。それから最後に、家族をコントロールしていたイヴの死を乗り越えて、三姉妹たちが自分達の人生と人間関係を再構築しはじめるのではないかと予感させるエンディング。

<「インテリア」と音楽>
これ、ほとんど音楽がない映画なんですね。夫と後妻の結婚式後のダンスシーンで音楽がかかるだけで、エンドロールまで全くの無音のまま、文字だけが流れていく静寂ぶり。

でも、この映画を元ネタにした曲があるんです!(分かる方、いらっしゃいますー?)
それについては明日書こうと思います♪

2006/04/03

ベジャール、バレエ、リュミエール('04)

振付家モーリス・ベジャールについては、ずっとずっと前にテレビで「ボレロ」を観たことがあった程度で。何者かに突き動かされるような鬼気迫る表現には圧倒されたものの、ジョルジュ・ドンの妖しい存在感が怖い‥‥という他に具体的な感想は、当時中学生だった私の頭には浮かびませんでした(^^;)。未だにベジャール以外のバレエのことだってよく知らないのですが、ジャック・ブレルとバルバラの曲が使われていると56さんに教えていただいたことから、このDVDを手に取りました。原題"B comme Bejart"。Bはベジャール、バレエ、ブレル、バルバラ、そしてバッハに共通する頭文字です。

Bejart

これは創作バレエ「光─リュミエール」を製作中のベジャールとダンサー達を追ったドキュメント。「光」というテーマでベジャールが何を表現しようとしているのか、それをどのように形にしていくのかを描きつつ、ベジャールのバレエ哲学、人生哲学にまで光が当てられます。「光」、それは誕生であり、春であり、恋愛、別れ、孤独、映画、ダンス‥‥そう、「光」は人生のあらゆる場面を照らすもの。

「天才」と呼ばれる振付家がどのように振り付けを考案し、ダンサー達に伝えるのか、衣装、映像などをどのように決めていくのか、といった創作過程も面白かったし、鍛えぬかれたダンサー達の身体表現も魅力的でした。でも、それ以上に私が魅了されたのは、ブレル、バルバラの歌詞や、ベジャール自身の口から語られる珠玉の「言葉」の数々。

ごく一部ですが、例えば、

ブレル「朝日(光)が輝く 君を誘って 屋根の上に登り 世界が明けるのを見よう」(La lumiere jaillira)

バルバラ「あなたは魔術師 私に光を返してくれた 疲労が白い鳩になって 海原を飛んで行く」(L'amour magicien)

ベジャール「孤独の中にこそ光がある」、などなど。

ブレルの1958年(59年と書いてある物もあってどっちだろう?)の曲、「行かないで(Ne me quitte pas)」は、タイトル通り、終わりかけた恋をなんとか取り戻そうと呼びかける歌です。不可能をなんとか可能にしようとする切実な思いが、痛々しいまでの言葉の彫刻へと昇華されている‥‥と、私には思えます(個人の方のサイトですが、ここで原詩と訳を読むことができます)。この曲がステージで使われている時、舞台袖からそれを見つめる若いダンサーが、噛みしめるように小声で歌っているシーンがあって。彼女の真剣な表情が印象的でした。とても古い曲ですが、良いものは輝きを失わないということを実感します。

ステージの光、ダンサー達の肉体が放つ光、すばらしい音楽や歌詞がもたらす光‥‥このドキュメントからたくさんの光をもらったような気がします。創作バレエ「リュミエール」、いつか本物の舞台を見ることができるでしょうか。

☆DVD「ベジャール、バレエ、リュミエール」

Bcommebejart

バレエよりも使用されている曲の方に興味があった私は楽しめましたが、amazonのカスタマー・レビューにもあるように、バレエそのものをじっくり見たい方には消化不良が残るかもしれません。
私が見たレンタルDVDには収録されていませんでしたが、セルDVDの方には映像特典として「ボレロ」と「春に」と「黒いワシ」のダンス・シーンがフルバージョンで納められているそうです。‥‥見たい。でも結構なお値段ですぅ‥‥(涙)。

☆ 「ベジャール、バレエ、リュミエール」日活.comのページ
  予告編を見ることができます。

2006/03/28

LAST DAYS(ネタバレ)

ガス・ヴァン・サント監督の「ラスト・デイズ」を観てきました。ネタバレなので、これからご覧になろうと思っている方は読まないでください。

Lastdays

ニルヴァーナのカート・コバーンの自殺にインスピレーションを得た映画。自殺というとショッキングでドラマティックなようだけれども、この映画にドラマ(=劇的な展開)はない。しかも、ミュージシャンの死を描いていながら、音楽を感じさせる要素も意外なほど少ない。

朦朧とした意識と重たい身体を引きずりながら彷徨するように、場面はとりとめもなく淡々と進み、時に脈絡無く唐突に移り変わっていく。そして、いつの間にか終焉がおとずれている。映像に彩りを添える音も華々しいものではなく、混乱したブレイクの脳内を描写するように関係のない雑音が入り混じり、砂を噛むように味気ない。途中、主人公のブレイクがノイジーにギターをかき鳴らしたり、めちゃくちゃにドラムを叩いたりするシーンもあるけれども、カメラは室内でなく、部屋の窓の外から距離を置いてそれを記録する。まるで、他人の心の葛藤には、外側からは触れられないとでもいうように。(それは周囲の人間のブレイクへの接し方とシンクロしている。)だからこそ、唯一、ブレイクがギター弾き語りでまともに(あぶなっかしくはあるけれど)歌うDeath To Birth(主演マイケル・ピットのオリジナル曲)の搾り出すような絶唱が胸に迫ってくるのだ。

あまりに淡々と進んでいくので、正直、途中で眠たくなってしまったし(ちょっと寝不足で観たというのもあるけれど)、もう一度ぜひ観たいかというと微妙。でも、ブレイクがもつれた足取りでさまよう森の淡い映像は、これからも繰り返し思い出しそうな予感がする。

Lastdays2

えーと。忘れちゃいけないミーハー目線を付け加えておくと、終始眠そうなorイッっちゃてる目付きではあったけれども、マイケル・ピット、美しかったです(*^-^*)。体格が普通にごつい(男っぽい)のに、黒のキャミソールドレスを着てもなんか許せてしまう‥‥。

それにしてもエンディングの曲があまりにも合っていなかったような気がするのは、私だけ?