2006/11/15

サウンド&レコーディング・マガジン / English Journal 12月号

今日、書店で2冊の雑誌に目が留まりました。

まずは、サウンド&レコーディング・マガジン12月号
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巻頭特集は、「alva noto + ryuichi sakamoto 坂本龍一とカールステン・ニコライの“insen”ツアー 2人のインタビュー&豊富な写真でその秘密に迫る! 」
vrioonはファイル交換で制作し、insenは二人一緒にスタジオに入った、など、興味深い話がいろいろ載っていました。もちろんマニアックな機材のお話も。
insenツアーの写真もたくさん掲載されていたので、ライブに行けなかった方も雰囲気がよく分かると思います。

さらに書店の奥に向かっていたら、花束持ったヒュー・グラントと目が合っちゃって(笑)。
こちらはEnglish Journal 12月号
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「イギリス英語が好き!」ほほう。
しかも、「ヒュー・グラント」の下には「カズオ・イシグロ」、「マイケル・ナイマン」の文字が!
私のツボ総攻撃じゃないですか~(ヒュー・グラントはファンというほどではありませんが、わりと好きです)。
「イギリス英語発音レッスン」なんてコーナーもあるので、ピーター・バラカンさんみたいな英語に憧れる人は練習してみるのもいいかもしれません。さらにイギリスの主要な4つの訛りの特徴も分析されています。これを読めば、訛りのある英国人ミュージシャンのインタビューも少しは聞き取りやすくなるかも。

惜しむらくは、ヒュー・グラント、カズオ・イシグロ、マイケル・ナイマンのインタビュー音声を聞くには別売CD(1,980円)を買わなくてはいけないこと。文字だけを読む分には本誌で十分ですが、どうせなら声が聞きたいじゃないですか。特にイシグロさんの声を聞く機会は貴重なのでは?輸入盤の音楽CDに慣れているせいか、1,980円は高い!と思ってしまいます。もう少しリーズナブルに、しかもダウンロード販売等してくれないでしょうか>アルクさん。

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2006/10/27

小川洋子「薬指の標本」

Kusuriyubi
「薬指の標本」

いけない、いけない、と思いつつ手にとってしまった本。
なぜ「いけない」かというと、週末、この短編をもとにした映画を女友達と観にいく予定にしているから。
(みなさーん、体調は万全ですかー?^^)

小説と、それをもとにした映画の両方を鑑賞するとき、小説を先に読むと失望することが多いような気がしています。小説の方が心理描写を緻密にできるし、映画よりも複雑なエピソードを密度濃く詰め込むことも可能なので、小説を読んだ後で映画を観て物足りなく感じてしまったことが何度かありました。順序が逆だったら、映像で表現された空気の奥底にさざめいていたのはこういうものだったのだなと、新たな発見をしながら小説を読むことができたかもしれないのに。読んだことのある小説が後から映画化された時は、仕方がないですけれどもね。

ということで、映画を観るまで手を出さないつもりだったのですが、つい、我慢できずに読んでしまったのです。でも、この内容なら、映画を後から観てもがっかりはしなさそう…と、ほっとしています。それは、小説として物足りないという意味ではありません。

時系列とともに展開していく物語というよりは、一枚の絵のような短編だと思いました。出来事の進展も、登場人物の心も、論理的な因果関係とは無関係に、不条理な空間の中にすうっと吸い込まれていってしまう。まるでデルヴォーかマグリットの絵画に紛れ込んだような感覚。

このシュールな不条理空間が、映画でどのように肉付けされているのか、とても楽しみです。

ちなみに、監督はディアーヌ・ベルトラン、音楽はポーティスヘッドのベス・ギボンズ(拙ブログ記事)!この映画については、azzaroさん記事で知りました。azzaroさん、thanks♪

映画「薬指の標本」公式サイト
(東京では渋谷ユーロスペースにて11月3日まで)

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2006/08/12

Kazuo Ishiguro / Never Let Me Go ('05)

昨年出た、カズオ・イシグロの最新作Never Let Me Go(邦題「わたしを離さないで」)を読みました。

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キャシーという女性が回想する、Hailshamという寄宿学校での生活。慈愛に満ちた教師たちに導かれ、生徒たちは芸術的創作に力を入れ、文学に親しんでしる。子どもらしいいたずらや、仲間の人間関係の機微に満ちた、にぎやかな生活。そうした日々の物語が語られるうちに、少しずつ、この理想的にも見える寄宿学校の不可思議さが明らかになり、またさらなる謎が垣間見えてくる。外の世界から隔絶された、この寄宿学校の目的は何なのか?生徒たちはなぜ特殊な存在なのか?

薄い皮膜が一枚ずつはがれていくように、次から次へと謎が現れては、徐々に真相が明らかになってくるストーリー・テリングの妙、そして、微妙でリアルな人間関係の描写が、さすがです。本を置くのがもどかしい、page-turnerです。

やがてその謎がとける頃、キャシーと、親友ルース、トミーの前には、残酷な現実が横たわっていました。厳しい運命の濁流にのまれていくしかない3人。最後のページのグッとくることといったら、川上弘美さんの「センセイの鞄」なみのインパクトがありました。

設定がかなり特殊で、これをSFとして読もうという人は(そういう人がいるかどうかは分からないけれど)、やめておいた方がいいでしょう(笑)。でもこの小説に描かれている、淡い希望と不安にいろどられた懐かしい子ども時代、社会の現実のなかで、時間の流れの中で、失ってしまった物や人への愛惜の感情には、まぎれもない普遍性があると思いました。

私には、Remains Of The Day(「日の名残り」)を超える作品と思えるのですが、いかがでしょう?

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2006/07/17

停電の夜に

PCはとうとう入院してしまいました。不調になってから数日間、電源が入っていてくれる数分間のうちに外付けHDDに保存したいデータを移しては、電源が落ちたら1~2時間PCを休めて……という作業をポツリ、ポツリと続けてきました。そしてPCを休めている間に読もうと手に取ったのが、少し前に買ってあった、この短編集でした。なんだか自分とPCの状況が、「停電」と少し似ているような気がして。

Jhumpa Lahiri / Interpreter of Maladies ('00)
Maladie

日本語版タイトルは「停電の夜に」。その短編の原題はA Temporary Matterなので、邦訳された方のセンスを感じます(といっても、翻訳版は読んでいないので、全体の翻訳の質は分かりません)。子どもを死産してから互いの距離が開いてしまったある夫婦の物語。数日間にわたる電気工事のための停電の間、毎晩ひとつづつ、ロウソクの明かりの中で、これまで相手に内緒にしてきたことを告白しあおう、と妻が提案します。毎晩ひとつずつの告白を交わすうちに、二人の空気に微妙な変化があらわれます。そして、最後の夜に妻がした告白とは……。なんともほろ苦い、けれども、嫌な気分になることなく、人生のほろ苦さを受け入れる「コトン」とした重みを感じさせる短編でした。

他の作品も、理屈では割り切れないような、ときに不可思議で、ときにせつない、様々な人生の断片を、まるで水か空気のようなさらりとした文体で切り取っています。特に最後のThe Third And The Final Continentには泣かされました。

作者のジュンパ・ラヒリはロンドン生まれのアメリカ育ちのインド系なので、登場人物もインド系が多いです。けれども、自民族の特異性やマイノリティとしての立場を強調しすぎることはなく、あくまでも淡々と描いていると思いました。それでいて、やはり民族独自の個性が物語りに奥深さを与えているのです。そんな、彼女のエスニシティの表現スタンスには好感が持てました。

思えば、世界で翻訳が読まれている日本人作家はいろいろいますが、英語「で」小説を書く日系人作家ってカズオ・イシグロ位しか私は知りません。彼の最新作Never Let Me Go(「わたしを離さないで」)も未読なので、読みたいな。

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2006/05/28

「武満徹│Visions In Time」展と、武満の言葉

東京オペラシティーアートギャラリーで開催中の「武満徹│Visions In Time」展に行きました(2006年6月18日まで)。音楽家の世界を展示という形式で「見る」ということに、期待半分、不安半分で赴いたのですが、結果的にかなり楽しむことができました。

特に刺激的だったのは、若かりし日の武満徹と、瀧口修造の関係です。武満による繊細な手書きの楽譜、瀧口の自作オブジェやメモに書きとめられた言葉の断片などからたちのぼるオーラ。言葉と音と視覚芸術の相互作用。遊び心も秘めつつ、何物かが創造される瞬間の可能性の息吹に満ちていて、まぶしかったです。

他にも、武満がインスピレーションを得た美術作品の数々や彼自身の絵、遺品などが展示され、時おり傍らに武満自身の言葉が添えられています。その言葉を読んで、彼の慧眼ぶりに感銘を受けました。当然と言えば当然ですが、優れた表現者はやはり、受け手としても卓越した眼を持っているのですね。しかも、それはアートに対してだけでなく、生きることそのものについて深く洞察する眼であることが、伝わってくるのです。

ちょうどカタログに、武満が「眼」について記した文が載っていました。

私は本を読むたびに、それによって私の「眼」が鍛えられたら、と思う。
特殊な芸術の世界だけでなく、たえず変化して行く、予測できない日常の世界を、その眼で見るのだ。(中略)そのために、なるべく本を読むように、また、なるべく本を読まないようにという困難な読書の仕方を、私は自分に課している。
(「武満徹│Visions in Time」展公式カタログ p.162より)

Visionsintime

この「なるべく本を読むように、また、なるべく本を読まないように」という感覚、よく分かるような気がするのです。それがなかなか困難であるということも、日々痛感しています。

このカタログは、通常の美術展のカタログと違い、展示作品の写真やデータだけでなく、武満の著作から抜粋された文が多数収録されているのが魅力です。展覧会の余韻にひたりながら、その言葉の数々をかみしめています。
展覧会に行くことのできない方も、アマゾン等で購入可能です。

さて、シルヴィアン・ファン目線の情報を。
会場ではラッセル・ミルズのアート作品と、「トオルのいない庭で」と題されたシルヴィアンの文章が展示され、ヘッドフォンでBeekeeper's Apprentice(アルバムApproaching Silence収録)を聴くことができるようになっていました。上述のカタログにも「トオルのいない庭で」と、ラッセル・ミルズ&シルヴィアンのインスタレーション「エンバー・グランス」について武満が書いた文章が収録されています。
それにしても、武満とシルヴィアンの間にこれほど親交があったとは知りませんでした。ロンドンのホテルで昼食をとりながらシルヴィアンと武満、坂本龍一の3人がコラボレーションの構想を話し合っていたなんて!想像しただけで倒れそうです(≧◇≦)。片や現代音楽、片や(いちおう)ポップ・ミュージックと、異なる分野で活動していた二人ですが、音や言葉のテクスチャーの好みなどは確かに通じるところがあるような気がします。

昨晩は寝る前にピアニストのためのコロナという曲を聴いていましたが、ゾクゾクしました!本当にコロナで焼き尽くされるかと思った‥‥。

武満徹の音楽や言葉に、これからも少しずつ触れていきたいと思いました。

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2006/05/23

The Butterfly Effect

「バタフライ効果」とは、初期条件のわずかな差が時間とともに拡大して、結果に大きな違いをもたらすという、カオス理論を表現した思考実験のひとつだそうです。ネーミングの由来は、「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」とたとえられることから。(Wikipedia参照

Butterflyeffect

その「バタフライ効果」をタイトルにした映画、The Butterfly Effect(全米公開2004年、日本公開2005年)を見ました。誰でも「あの時ああすればよかった」「あれをしなければよかった」などと振り返ることがあると思います。大学生の主人公(アシュトン・カッチャー)は、子ども時代の日記を読むことで過去に戻り、気になっていた言動をやり直せることに気付きます。でも、過去をやり直すたびに、大切な友人や自分自身の現在に大きなしわ寄せが来てしまい‥‥。児童虐待、爆破物設置、恋人が娼婦に転落、母親が重病、自分が刑務所入り、といった出来事の数々が、めまぐるしく現れては塗り替えられていきます。最後に彼がとった究極の選択は、ほろ苦いながらも、ストンと心の中に落ちていくものでした。

マルチエンディングのロールプレイング・ゲームや小説の発想が取り込まれているのでしょうが、ラストのおかげで上手くまとまっていると思いました。アシュトン・カッチャー、好みのタイプではないはずなんですが、カッコ良いです(笑)。

私自身はRPGはやらないし(一度手を付けたら、のめりこんで収拾がつかなくなるのが目に見えているので^^;)、マルチエンディング小説は食わず嫌いで読んだことがありません。小説は作者の意図がストーリー展開から伝わってくるものであって欲しいと思ってしまうんですよね。ただ、創作作品についてはそう思いますが、現実の人間にはあの時違う選択をしていたらどうなっただろう?と想像する自由が必要だと思います。現実の人生はマルチエンディングでないからこそ、イマジネーションの中だけでも若干の遊びがないと、息が詰まりそうだし‥‥。それに、「もし自分が今とは違う状況にいたら」と想像することがなかったら、自分と立場の違う人の気持ちを想像してみることもできなくなりますから。時には、想像の翼を羽ばたかせようではありませんか。

そうそう、忘れちゃいけない。エンディング・ソングはOasisのStop Crying Your Heart Out(アルバムHeathen Chemistry)♪

バタフライ・エフェクト日本版映画サイト

[DVD]バタフライ・エフェクト

[小説] 「バタフライ・エフェクト」ジェームズ・スワロウ著、酒井紀子訳

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2006/04/15

ゲンズブールで目覚めたものとは?

昨日アップするつもりが、疲れて寝ちゃいました(;´ρ`)。はあ~、よく寝た!

一昨日の記事のように、ゲンズブールの声に「っきゃー!」な夜を送った翌日。あらためて「っきゃー!」だった曲名を確認したら、Sous le soleil exactement(「太陽の真下で」)とLes sucettes(「アニーとボンボン」)だった‥‥というところまでは、すでに書きました。

この2曲に共通するもの。それは「S」の音が多いんですね。タイトルからして、
Sous le soleil exactement(強いてカタカナで書けば)→・ル・レイユ・エグザクトゥマン
Les sucette→レ・シュセットゥ
と、それぞれ「S」音がふたつずつ入っていますし、歌詞自体にもたくさん登場して、それをまたゲンズブールが大袈裟に息をシュッシュさせながら丁寧~に発音しているのです。これはくすぐったいわけだ。「S」音恐るべし。しかも、「かなりワル」おやじのゲンズブールのこと、確信犯的に「S」音の多い曲を書いている‥‥なんてこともあり得そうな気がしてきます。さらに「S」だけではなくて、「K」や「T」の音なんかも、炭酸の泡が弾けるように、そっとやさしく発音されると、かなりグッとくるものがあります。日頃は歌詞の意味に気をとられることが多い私なのですが、言葉の意味から離れた、個別の音が持つ魅力というものに、がぜん興味が湧いてきました。

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ゲンズブール・フォーエヴァー

そんな時、なんともタイムリーに目が留まったのが、tonosanさんのブログ『Perspective of idea立体的思考のために。』の、 「音のクオリア」という記事。黒川伊保子さんの著書『怪獣の名はなぜガキグゲゴなのか』(新潮新書)の解説・感想とともに、「音のクオリア」の概念を説明なさっていました。「音のクオリア」!これこれ!と、さっそく黒川さんの本、購入~!

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「クオリア」とは認知科学用語で「五感を通じて脳に入力される知覚情報が脳に描く印象の質のこと」だそうです。「音のクオリア」は、「ことばの音単体のサブリミナル・インプレッション」(p.56)。「ことばの音の響きには、潜在的に人の心を動かす力がある。発音の生理構造に依拠した、人類共通に与える潜在情報があるのだ」(p.13)。たしかに、前夜のことを思い出すと、言葉の意味を飛び越えて、個々の音に心を動かされたという手ごたえがありましたから、身を乗り出して読み進めました。

もともと人工知能のエンジニアで、自然言語解析をやっていたという黒川さんは、かねてから企業名や商品名の企画などの現場で語られてきた経験則から説き起こします。「車の名前にはCがいい」(例・カローラ、クラウン、セドリック、シビック等)、「女性雑誌はNとMが売れる」(例・アンアン、ノンノ、モア等)、「人気怪獣の名前には必ず濁音が入っている」(例・ゴジラ、ガメラ、キングギドラ等)。このように経験的に語られてきた、ことばの音のサブリミナル効果についての科学的・客観的研究はこれまでなかったそうです。

そんなわけで、黒川さんが初めて体系化したサブリミナル・インプレッション理論を読んでみた感想ですが、興味深い発想やエピソードがたくさんあったものの、各論レベルでは疑問や違和感を感じるところが多々ありました。例えば、黒川さんはあくまでも日本語の50音のローマ字をベースに体系化していることもあって、「R」音と「L」音の違いなどは大雑把すぎると思いましたし、一番の違和感は、各音が与える(と黒川さんが考える)インプレッションの内容がどうしても恣意的に感じられることです。それでもやはり「音のクオリア」という発想は面白いので、今後各分野での研究が進むことを期待したいです。

さてさて。読後にゲンズブールの曲を再検証してみました。黒川さんによると、思春期の少女たちはS,K,Tという音に傾倒するそうです。「これに、全年齢層の女性にキレイを感じさせる音Rを加えた四音が、若い女性にモテる音になる。」(p.172) S,K,T,Rの四音‥‥黒川さんのR音はL音とほぼ同じなので、S,K,T,Lとすると、なんとSous le soleil exactement(ソレイユ・エグザクトゥマン)は、タイトルだけですでに若い女性にモテる四音全てが揃い踏み!さすが、「かなりワル」おや‥(もういいって 笑)

これを応用(?)して、「とにもかくにも、『オトコこども』の好きな音」(p.135)である濁音を効果的に使った曲がないか考えてみました。思いついたのは、古い曲ですが、Get It On (Bang A Gong)。オリジナルはT.Rexで、私は80年代のThe Power Stationによるカヴァー・バージョンに親しんでいました。サビの歌詞「♪リロ~~ン、ガゴ~~ン、リロ~~ン(Get it on, bang a gong, get it on)」の、「G」と「B」の音を思いっきり強調して歌うとスカッと爽快、ストレス解消!これが「♪しゃばだ~、しゅびだ~、しゃばだ~」だったら、なんだか腰砕けでヒットしなかったような気がしませんか?

Trex
T.REX/ 20th Century Boy: The Ultimate Collection (試聴可)

Thepowerstation
ザ・パワーステーション (日本盤)

皆さんお気に入りの曲で、歌詞の意味というよりも、特定の「音」がなんだか気持ち良い!というのはありませんか?あと、これからブログ名やハンドル名を決める方は、お気に入りの言葉やイメージ、文字の見た目の印象など、決め手となるポイントは色々ありますが、「音のクオリア」も考慮に入れてみてはいかがでしょう?

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2006/04/11

Girl With A Pearl Earring

母が「これ面白かったよ」と送ってくれたので、Tracy ChevalierのGirl With A Pearl Earringを読みました。邦訳「真珠の耳飾りの少女」 、映画にもなった作品です。

Girlwithapearlearring

惹かれてはいけない人(画家フェルメール)に惹かれつつ、身の程をわきまえて自制しようとする若きメイドのGriet(日本語表記はフリート?)。けれども、彼女の持ち前の審美眼と緻密さを評価したフェルメールから画業の手伝いを頼まれるようになり、二人の距離は意思とは裏腹に近づいていく‥‥。そのクライマックスが、パトロンの熱烈な後押しもあってフェルメールがGrietの肖像を描く場面であり、特に真珠の耳飾をフェルメール自身が彼女の耳に付ける瞬間です。自己抑制への意思と、抑制しきれない感情が拮抗する緊張感。
最近の恋愛小説はどちらかというと、どこまで奔放にいけるかが勝負!のようなスタイルが多いように思われるので、この緊張感が新鮮でした。

Chevalierの文体はそっけないほどシンプル。冷静な観察眼をそなえたつましいメイドの視点で書かれた小説だからここまでミニマルな文体になったのか、こういう文章しか書けない/書かない人なのか?そんなこともちょっと気になりました。そのうち他の作品も読んでみたいと思います。Lady And The Unicorn, Falling Angels, The Virgin Blue

で、今日はTSU○AYA半額の日なので、先週借りた「インテリア」を返すついでに「真珠の耳飾りの少女」のDVDがあったら借りてこよう♪

Pearlearring

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2006/03/27

くものこどもたち

このブログのテンプレートもそうですが、昔から空や雲のモチーフが大好きです。

ルネ・マグリットの「大家族」とか‥‥

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「光の帝国」とか。もう、好きで好きで。

hikarinoteikoku

そんなわけでジョン・バーニンガム(John Birningham)の絵本「くものこどもたち」 (原題:Cloudland)に出会った時には、なんだかドキドキしました。それはまるで、好みのストライクゾーンど真ん中の異性にバッタリ出会ってしまったようなドッキドキですよ(笑)。

kumonokodomotachi

表紙だけでなく、中のページも全て、空の写真にバーニンガムの絵がコラージュされています。最後に主人公のアルバートが、ちゃんと両親の元に戻れてほっとします。

谷川俊太郎さんの訳が読みたくて日本語版を買いましたが、いずれ英語版も買いたいと思っています。谷川さんが「ぬくぬく のんのん とろんこ ぐう」と訳したおまじないの言葉、英語だとどうなっているのか気になりますから。

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2006/03/04

No, David!

ノンノン1号(小2男子)と映画に行ってきました。何を見てきたって‥‥「ドラ○もん」ですよ(苦笑)。早くブログでレビューしたくなるような映画を一緒に見にいきたいような、かと言って、あんまり早く成長されしまうのも寂しいような複雑な親心。でも、ダメですね。大人になって「ドラ○もん」映画見ると、やたらと泣けちゃって、もう(TT)。恐竜のピー助が卵から孵った時点で、そんなに長くは一緒にいられないことが分かっちゃうから、早くも涙腺がやばいのなんの(苦笑)。テレビシリーズで慣らされてきたものの、やっぱりドラ○もんの声が以前と違うのが未だに違和感ありましたけれども。

で、そろそろデヴィッド・シルヴィアンのインタビューが掲載された雑誌の感想をまとめようと思っていたのですが。今日はすっかり童心に返っちゃったので、デヴィッドはデヴィッドでも違うデヴィッドが登場する絵本をご紹介します。

nodavid

David Shannon / No, David!

コールデコット賞を受賞した絵本ですが、画面から飛び出しそうな勢いのある絵でデヴィッドくんのしでかすイタズラの数々が活き活きと描かれていて、誰でも思わずNo, David!と叫ばずにはいられないはず(笑)。ネタバレになるので書きませんが、エンディングには心温まり、ちょっとウルウルしてしまいます。

これを英語教室にやってくるいたずらな男の子たちに読んであげて、「ねえ、みんなは自分のことDavidみたいだなって思う?」と聞くと、たいていみんな真顔で「ううん。オレこんなんじゃないよ」って答えるんですよね。そうかな~(笑)?

かのDavid S.さん(本名David B.さん)はどんなお子さんだったんでしょうね?

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2006/01/21

ヘルメスの音楽

若かりし頃、私は若かった(あたりまえだけど^^;)。浅田彰の『ヘルメスの音楽』を読み、「音楽について書かれた最高の文章!」と感動していました。今読むと、ドゥルーズ=ガタリだのロラン・バルトだのに寄りかかりすぎじゃないの~?等々、シニカルな見方をしてしまう、すっかり可愛くない読者になってしまった我が身に苦笑してしまいますけれども。

この本全体について論じることは控えますが、冒頭におさめられた「リトゥルネッロ <ソン・メタリック>の消息」という文章は面白い視点を与えてくれていると思うので、簡単にご紹介します。ここでは音楽と「音楽」について論じられています。カッコの付かない音楽は、本来あるべき音楽。そして、カッコ付きの「音楽」は形式化され、閉ざされた「音楽」。お決まりのパターンなどに安住している「音楽」と言ってもいいかな。そういえば当時の批評界では形式化されたカッコ付きの「○○」と、カッコ無しの○○の対比で語る論法が流行っていたんですよね。


メタリックな切断と貫通の力が音楽を<外>へと解き放つ。音楽はそこを横切っていく旅人だ。そして、旅人たちの出会いやすれちがいがまた新しい音楽を散乱させることになるだろう。

逆に、<外>を駆ける速度と強度を失い、閉じた空間の中に堆積していくとき、音は音楽であることをやめる。

浅田彰『ヘルメスの音楽』所収「リトゥルネッロ <ソン・メタリック>の消息」より引用(以下同)

ロゴ

カッコよすぎて嫌味なほどですね。でも、ここに書かれていることには共感します。音楽の持つメタリックな(べつにへヴィ・メタルというわけではなく)切断と貫通の力こそが、心に飛び込んできて身体の細胞を振動させ、感動させるのだと。振動させられる部分はその音楽によって、心臓の周辺だったり、腰のあたりだったりw、頭周辺だったり色々で。


 こうして、音たちは旅人になる。<外>の空間を縦横無尽に横切っていく、その途方もない往来。それが音楽である。
そんな音楽に耳を傾けること。そのうち、自分自身が無数のきらめく微粒子となりメタリックな音の粒となって、コスミックなさざめきの中に漂い出すこと。それがヘルメスの誘惑である。いかがわしくもあり危険にも満ちた、それでいてあらがいようもなく魅惑的な、音楽の誘惑である。

ロゴ

私が特に好んで聴いているシルヴィアンやレディオヘッドの音は、ジャンルや既存の音楽の形式を超越し、自由な<外>の空間で鳴っている音楽だから、刺激的で、好きなのだと思います。音の傾向は全く違いますが、最近はまっているストロークスの3rdアルバムも、形式こそ既存のロック・ポップスの枠組みを使っているけれども、内部でものすごく激しい切断と貫通の力が爆発して、音がどんどん<外>に飛び出ているのを感じます。

逆に、いくら演奏などが上手くても、お決まりの形式に安住している感じの「音楽」には触発されないので、せいぜいBGM止まりですね。

日常生活を一瞬にして切り裂き、「コスミックなさざめき」へと私を連れ出してくれるヘルメスの音楽を、私は愛しています。

何が音楽で、何が「音楽」かというのは、聴き手の好みや感性にもよるでしょう。みなさんにとってのヘルメスの音楽は何ですか?

そうそう、「YMOのシンセサイザー奏者」についての言及もあるんですよ。

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2005/10/08

ロック書籍・和書(6)

じゃじゃ~ん! 「デヴィッド・ボウイ詩集 スピード・オヴ・ライフ」 (シンコー・ミュージック)!

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帯には「2002年、暴威降誕」‥‥訳わからんですね(苦笑)

お値段税込3990円。‥‥高っっ!!と思うのですが、厚さ3.4センチ、中身もすごく濃いのです。

1967-1980までの全歌詞(著作権の関係で入れられなかったもの除く ※)の和訳だけでなく、解説がなにしろめちゃくちゃ詳しい(by 古川貴之さん)。

例えば‥‥Life On Mars?でアメリカのことをAmerikaと'k'を用いた表記にしているのは、人種差別的(K.K.K.)な、というニュアンスを強調しているから、とか。

The Jean Genieはフランスの小説家・劇作家ジャン・ジュネ(Jean Genet)の名をもじったボウイの造語、とか。

リアルタイムで熱心なボウイ・ファンをやってきた人にとって、こうしたことはもしかすると常識なのかもしれないけれど、ちょっと遅れた世代の私にとっては「へぇ~」なマメ知識がたくさん載っています。"snow"はコカインを意味するストリート隠語、とか、ボウイのファンでなくても1960-80頃のサブカルチャーに興味のある人なら面白いと思えるはず。

ボウイの歌詞はちょっと歌詞カードを見たり、辞書を引いたりしただけでは理解できないものがたくさんあるので、このような本はとても助かります。

※著作権の関係で収録できなかった詞に関しては、古川さんの こちらのページで読むことができます。このページはHeathenの歌詞や、誤訳の部屋、その他情報満載で、古川さんのボウイに対する情熱のすごさが伝わってきます。

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2005/09/29

ロック書籍・和書(5)

uknewwave

THE DIG PRESENTS DISK GUID SERIES(11)
「UK NEW WAVE」 シンコー・ミュージック)2003年初版発行
(シンコー・ミュージックの購入ページ / amazon)

ただでさえもCD類にお金を使いすぎているので、ディスク・ガイドものはなるべく見たくなかったりします(^^;)。でも、買ってしまったのが、これ。

自分ではいちおう「UKニュー・ウェイヴが好き」だったつもりなんですが、この本をめくっていると、氷山の一角しか聴いていなかったことを痛感させられます。いみじくも帯に「80年代イギリス なんでもアリの時代」って書かれている(苦笑)ことからも、「UKニュー・ウェイヴ」の幅広さがうかがえますね。

やはり帯に書かれている「パンクによる解体後の再構築。英国ロックの”新たな奔流”は現在のシーンの縮図である!」という言葉に深く頷いてしまう私でした。

PART 1: エレクトロニク・ポップ、PART2: ネオ・アコースティック/ギター・ポップ、PART3: ポップ/パワー・ポップ、PART4: ソウル/ジャズ、PART5:エスノ/ファンク、PART6: レゲエ/スカ/ダブ、PART7: ネオ・サイケデリック、PART8:ゴシック/ポジティブ・パンク、PART9: オルタナティヴ、PART10: ノイズ/インダストリアル/アヴァン・ギャルド

このように、ジャンルだけでも実に多岐にわたります。この本を頼りに、これまで気になっていたけれども通り過ぎてしまったものなどをあらためて聴いていきたいと思うのですが、いろいろな物に浮気してしまって、遅々として進みません!(笑)

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2005/09/25

ロック書籍・和書(4)

morrisseylyrics

ついフラフラと(笑)買ってしまった、「モリッシー詩集」(中川五郎訳、シンコー・ミュージック)。

やっぱり歌詞はメロディといっしょでなんぼでしょう?と思いつつ、シニカルで自虐的、それでいて笑えるところもあったりするモリッシーの歌詞が好きなので。しかも、モノクロの花の写真、赤と白の文字という装丁もすばらしいんだもの。

The Smiths時代と、91年までのソロ作品の原詞が左側、訳詞が右側の見開き配置。これって訳詞者にとって勇気を要するレイアウトですよね。U2やマーク・ボランなどの訳詞もなさっている中川さんには失礼かもしれませんが、訳詞を参考にしながらも、左右のページのはざまに自分なりのイメージをふくらませてしまいます。

できれば、PULPのジャーヴィス・コッカーの詩集も欲しいなぁ‥‥。無理?

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2005/09/22

ロック書籍・和書(3)

crossbeatfile

前回のロック書籍・和書(2)に引き続き、今回もRadioheadで。

2004年刊の「クロスビートファイル vol.2 RADIOHEAD」(シンコー・ミュージック・ムック)

字ばっかりの「エグジット・ミュージック」とくらべて、こちらはムックなのでグラビアもたくさんあって、ビジュアル的見ごたえも満点。

それにしてもトムのルックスの変化はすごいよね~よく知らない人がみたら同一人物とは思えないだろうな‥‥

radiohead1 radiohead2

そんなミーハー心も満足させつつ、読み物の方も充実してます。

特に興味深かったのが、
(p.116)「現代音楽から得たインスピレーション ―「キッドA」以降彼らが築いた新路線を”非ロック”的見地から検証する」
(p.118)「 ”恵まれている”からこその苦悩 ―レディオヘッドの音楽的スタンスの影に見る英国階級社会の実情」など、さまざまな角度からRadioheadの音楽について考察した記事。

あと、1994年から2003年までの来日公演レポートを一挙掲載したコーナーや、来日中のメンバーの様子なども微笑ましくて面白かったわ。

これを読みながら、新譜を待つのだ~

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2005/09/20

ロック書籍・和書(2)

exitmusic

トムが「あいたた‥‥」と頭をおさえるこの表紙。入手しやすいし、Radiohead本としては基本ですね?(ま、読まなくても音楽は楽しめますが)

「エグジット・ミュージック レディオヘッド・ストーリー(増補改訂版)」マック・ランダル=著、丸山京子=訳(シンコー・ミュージック)

Radioheadに公式承認されたバイオ本ではありませんが、アマチュア時代から「ヘイル・トゥ・ザ・シーフ」まで、総括的に詳しく書かれています。曲の解説やレコーディング時のエピソードなども書かれているので、CDを聴きながらパラパラ読んで「へぇ~」なんて楽しむこともできます。内容ぎっしりなので、どこに何が書いてあったか、よく迷子になるんですが‥‥。

写真はモノクロが少し挿入されているだけで、あとは字、字、字、でございます。

個人的にお気に入りのエピソードは、

(p.41)トムがコリンとバンドを組むに至った理由を説明して:「あいつはベレー帽にジャンプ・スーツとか、かなり変な格好をしていて、僕はフリルいっぱいのブラウスにヴェルヴェットのディナー・スーツ。ジョイ・ディヴィジョンのレコードを貸しあっていたんだ」

 (失笑)‥‥トム、やっぱり「ニューロマ」してたんだ。ぷぷぷ‥‥時代ですね~

あと、コリンがお菓子作りに凝っていて、得意なのは○○パイ、というエピソードもあったと思うけれども、どこに書いてあったか分からなくなっちゃった!

もっとタメになることもたくさん書いてあるのですが、私が紹介すると、お笑いばっかりになってスミマセン(苦笑)。

それにしても、新譜レコーディングは再開されたのでしょうか?Dead Air Spaceには8月23日以来、書き込みがありませんね。

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2005/09/18

ロック書籍・和書(1)

ここ3日ほど、月がすごくきれいですね!今日が中秋の名月でしたっけ?
さて、読書の秋でもあります。
そんなに持っていませんが、ロック関係の本をいくつか取り上げてみたくなりました。
今日ご紹介するのは、ロッキング・オン社より1993年に刊行されたROCK GIANTS 80'S」。(税込¥2,243)
スキャナ泣かせのシルバー×グレーの装丁!よって、すみませんが画像はありません。m(_ _)m

それにしても、この本のタイトル。ROCK GIANTS、「ロックの巨人」と言われて、皆さんは何を想像します?
「巨人」とまで言われれば、私ならやっぱりビートルズとかストーンズとかツェッペリンとかザ・フーあたりじゃないかしら?と思うわけです。でも、80’Sかあ‥‥U2とかポリスかな~?などと思って目次を見れば、

JAPAN
デヴィッド・シルヴィアン
ジャンセン&バルビエリ
レイン・トゥリー・クロウ
スティーヴ・ジャンセン
シルヴィアン&フィリップ
ジャンセン&カーン
THE CLASH(ジョー・ストラマー)
THE JAM・THE STYLE COUNCIL(ポール・ウェラー)
SEX PISTOLS・PIL(ジョン・ライドン)
THE SMITHS・MORRISSEY(モリッシー)

ん?なんか、すごい偏った内容!!で、個人的にはすごいうれしい偏りかた(笑)!
しかもページ数にして優に1/3はジャパンと元・ジャパン関連が占めているという‥‥。
ジャパンってROCK GIANTだったっけ?頭のてっぺんから爪先まで、私の全身の細胞が「違う!違う!」って否定してるよ(苦笑)。
そもそも80年代っていう時代は多様化の時代(の始まり)であって、もはや巨人は存在しない、存在しなくてもいい時代だったわけで。この本のタイトルの付け方には、どうも首をひねってしまうのでした。

まあ、「巨人」という言葉にあんまりとらわれないとしても、他にも80年代いろいろなアーティストいたでしょ?と言いたくなってしまったりもするけれど。‥‥でも、結局うれしい。
なーんか変だよね、と首をひねりながらもニヤニヤ喜んでしまう、人にはあまり見せられない姿の私。(^^;)
何はともあれ、ロキノン社よ、ありがとう!

お気に入りの部分は、
(P.75) レイン・トゥリー・クロウのレコーディング時のトラブルにより、他の元・ジャパンメンバーと絶交状態に陥ったシルヴィアン。「デヴィッドの方から侘びを入れてこない限り、どんな関わりも絶ちたい思う」というスティーヴの言葉をインタビューアーから聞き、
「あっははははははは(大爆笑)、勝手にすればいいんだよ(爆笑)」の高笑いの場面。
さすが!唯我独尊オトコ!やっぱこうでないと、あんなにマイペースに音楽作っていけないのかなあ、と感心。凡人とは違うなあ‥‥。
(その後スティーヴと仲直りしたのを知っているからこそ、いま楽しんで読めるわけですが)

あと、やはり1/3ほどの分量を占めるモリッシーのインタビューも、シニカルでユーモラスなモリッシー節が炸裂していて面白かったです。
秋の夜長に読み返してみようかな。

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2005/09/10

Michael Cunningham / A Home At The End Of The World

ahomeattheendoftheworld

先日「本が読みたい!」と書いたのですが、結局Michael Cunninghamの最新作Specimen Daysはハードカバーしかなかったので、かわりに1990年の作品A Home At The End Of The Worldを読むことにしました。

この著者の作品はThe Hours(「めぐりあう時間たち」)と本作しか読んだことがありませんが、両方合わせて読むのがおすすめの2冊だと思いました。夏目漱石でたとえるなら(笑)、The Hoursが「門」、A Home...が「三四郎」と「それから」。
登場人物も設定もちがうけれども、テーマや構成に共通点があるんです。The Hoursは中年をむかえた登場人物たちがそれぞれの人生を受け入れる(あるいは否定する)様が時間や空間を超えて交錯する物語。A Homeは時空は超えないものの、少年から青年~中年までの登場人物たちが、自分の居場所や行き方を求める物語。両方とも、各章ごとに異なる登場人物の視点で描かれる構成です。

ヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」まで緻密に取り込みながら、複雑に絡み合う複数の流れが最後に鮮やかに収束するThe Hoursに比べると小品かもしれません。でも、主人公達の成長と成熟の瑞々しさが本作の魅力です。文章の美しさ、心理描写の緻密さはどちらも見事ですが、本作の方が平明な文体です。

ゲイ文学という括り方もできるのでしょうが、私はあまりそういうことに関係なく、各登場人物に感情移入することができました。同性愛の奇異さを強調するのではなく、そこに人と人の関係という普遍性が描かれているからだと思います。

あと、音楽好きにとってうれしいのは、60年代後半から70年代の音楽がふんだんにちりばめられていること。
ジミ・ヘン、ストーンズ、ヴァン・モリソン、ジョニ・ミッチェル、ジェスロ・タル、ドアーズetc.
自分でBGMを編集しても面白いかも。
日本には来ていませんが、コリン・ファレル主演で昨年映画化されているんですね。

ストーリーはあえて書きませんが、ひさびさにページをめくるのももどかしいくらい没頭した一冊でした♪

日本語版はこちら↓
konoyonohatenoie
「この世の果ての家」マイケル・カニンガム著、飛田野裕子訳(角川文庫)

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