(注)今日は前置きが異常に長いです(苦笑)。
めずらしく「だ・である」体だし。
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大学生の頃、当時単身赴任していた父を訪ねて、ビルマに旅行したことがある。ちょうど1988年に勃発した民主化運動の翌年のことだった。
父が住んでいたヤンゴンの日本企業買い上げ社宅は、かつての独裁者ネィウィン一族の別荘のひとつだったということで、見事な湖が一望できる、コロニアルスタイルの邸宅。緑豊かな広大な庭、風にそよぐ椰子の木、庭師、料理人、運転手、メイド。天井では映画に出てくるような天井扇がゆっくりと回り、庭では先代か先々代の駐在者がペットにしたアヒルがグワッグワッと歩いている。これが本当に昨年暴動のあった国なのか?日本で庶民暮らしがすっかり沁み着いている私は、メイドや料理人が家にいるのがどうしても落ち着かず、優雅な家の中を所在無くうろつくことしかできなかった。
その滞在中、首都ヤンゴンの北方700kmほどにある古都マンダレイに車で旅をした。なぜそんな強行軍になってしまったのかは覚えていないけれども、午前3時過ぎに乗用車に乗り込み、途中休憩ほとんど無しで飛ばしまくる片道6時間強のドライブ。運転手のウー・トンシェは気の良い真面目な人で、眠くなるからと、食べ物もほとんど口にせずにハンドルを握る。驚いたのは、午前3時、4時でも、外で人々が「普通に」生活していたこと。街灯も無い、暗い中で、なぜか蹴鞠のような遊びに嵩じる人々。彼らは相当、目が良いらしい。それにしても、なぜ、そんな時間に遊ぶのか?(昼間は暑すぎるから?)牛車に荷物を載せて、どこかへ向かう人々。まさか、もう、通勤(=田畑に向かう)時間?さまざまな疑問が湧き出るなか、車はどんどん進み、さすがに人気(ひとけ)も無くなってきた。時折、大きなトラックが向こうからやってきては、プァーン!と大きな音をたててすれ違う。それだけスピードが出ているのだけれど、道幅はそんなに広くない。しかも、すれ違うトラックは一様に古びていて、ライトが片側にしか付いていないものも多い。片目だけを光らせてこちらに猛スピードで近づいてくるトラックの車幅を見極め、スピードを落とすでもなくプァーン!とすれ違う、ウー・トンシェの運転能力と集中力には恐れ入る。彼もきっと暗闇の中で蹴鞠ができるほど目が良いのだろう。やがて明るくなって、片目トラックの恐怖からは解放された。それにしても「乗用車」と全くすれ違わない。通るのはボロボロの中古トラックか、牛車か、徒歩の人ばかり。百年前なら日本にもたくさんあったであろう緑豊かな田園風景を切り裂くように、ひたすらまっすぐ走る、我々の乗ったトヨタ。道端の人々は必ずといっていいほど、食い入るような視線を投げかけてくる。
そんな弾丸ドライブの往きか帰りに、黄金色の麦畑の真ん中にたたずむ、一人の少年を見た。(正確に言うと、それが麦畑だったのか、稲穂の垂れる田んぼだったのか、はたまた茶色い雑草がぼうぼうに生えている土地だったのか、思い出せないのだけれども、呼び名が無いのは締まらないので、麦畑ということにしてしまう。)少年はたった一人で、さわさわと揺れる一面の麦(か、稲穂か、雑草)に囲まれ、ずっと我々の車を目で追っていた。彼は、我々の乗用車をうらやましく思っただろうか?それともグロテスクな異物と感じただろうか?
私には、少年と一面の麦だけのシンプルな世界が少しうらやましくも思えた。同じ時代に同じアジアに生まれたのに、新しいファッションビルとか映画とかブランドの洋服とか学校とか勉強とかサークルとか恋愛のもろもろとかテレビや本からとめどもなくあふれ出してくる情報だとかで、ざわざわざわざわしている私の世界と何と対照的なことか。とはいえ、自然豊かで、ピュアな人々の笑顔が美しいビルマも政治・経済面での深刻な問題を抱えている。安易にどちらがうらやましいとか、優れているとか言えることではない。結局のところ、周囲を取り巻くのが一面の麦であろうと、ざわざわざわざわした情報や物質文化であろうと、自分の足で立って、自分の目で見て、自分の頭で考えなければならないのは同じなのだから。対照的に見える、少年と私の世界も実は相似形なのかもしれない。そんな風に考えて、私は車の中から、遠ざかっていく少年に心の中でひっそりエールを送っていた。元気でね。
あの少年も、今はもう大人になっているだろう。
仕事があって、家族がいて、どこか遠くに行くことが難しくなった今だからこそ、ふあぁっとどこかに行きたくなることがある。そんな時に行きたいのは、ガイドブックに載っているような観光地ではなく、あの少年のいた麦畑。麦から立ち上る香りを嗅いで、太陽を浴びて、空の鳥を見て、通りすぎる車を一日ぼんやり眺めてみたい。
でも、それは叶わない願いなので、この一枚。
Steve Jansen and Richard Barbieri / Stories Across Borders ('91)
タイトル通り、国境を越えたさまざまな物語を想起させるインスト作品。端正な音作りゆえか、さまざまな国々の「匂い」や「温度・湿度」というものはさほど感じさせない、どちらかというとビジュアル紀行的な趣き。かつて訪れた国々、訪れてみたい国々の風景を思い浮かべながら耳を傾けると、時間がすこしゆっくりと流れていく。
☆ビルマ情報ネットワーク
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